SOHO社長の体験記

みんなが手弁当でプランづくりに夢中になった 

三鷹産業プラザの2Fの会議スペースによく出没している河瀬さんは、人と人をつなぐ名人でもある。
 

- 記事をきっかけに、まちづくり公社と再びつながったのですね。


河瀬
そして、「三鷹でもSOHO向けのオフィスをつくろう!」という話が並行して動いていたのです。『SOHOパイロットオフィス・ワーキングチーム』の会合には、文具オフィス家具会社、まちづくり系のコンサル、フリーのデザイナーなど多様な人が集まり、アイディアのやりとりが始まりました。

- それはいつ頃?


河瀬 1997年の初夏です。

- その『会合』は、どんなものでしたか?


河瀬 一般的なビジネス会議とは雰囲気が全然違うし、どこか雲をつかむような感じがありました。ただ、意見を出し合いながらイメージをふくらませていく過程は刺激的で、1円も報酬のない活動でしたが、充実感は大きかったですね。そうはいっても、やはり僕自身はSOHOをやっている意識はなくて、どこか他人事のようにも感じていました(笑)。

- どのくらいの期間でプランができあがったのですか?


河瀬 1997年初夏に会合を始めて、実際に市の事業としてGOサインが出たのは翌年1月でした。

- 『SOHOパイロットオフィス』にはどんな特徴が?


河瀬 駅の近くで、レンタルパソコンがあって、それぞれのSOHO用に小さなオフィススペース。そのほかにサロンと有人受付と会議室があって、というイメージをもとに作られました。

- オープンは1998年12月。河瀬さんをはじめ会合のメンバーも入居されたのですか?


河瀬 メンバーは誰も入りませんでした。みんなそれぞれすでに事務所を構えていましたからね。公募に57人の申し込みがあり、最終的に9人が選ばれて最初の入居者となりました。





プロフィール

河瀬謙一さん 
[ SOHO CITY みたかフォーラム理事長 ]


印刷会社などの会社員生活を経て1990年に独立。SOHO CITY みたかフォーラム理事長、地域SNSポキネット運営委員会会長、みたか身の丈起業塾副塾長、アナログ・デジタルコンテンツ制作会社(有)ビッツ&カンパニー代表取締役。 1997年から『SOHO CITY みたか構想』に基づいたSOHO集積に関わり、コーディネイター役を続けている。

(取材:安田)