SOHO社長の体験記

転職しながらグラフィックとWebの勉強を継続 

ズームするとこんな感じ。シックで上品だが、きちんと目立つべきところは目立っているデザイン。
 

- それで、次はどうなさったのですか。


本間
当時は、自分がフリーになれるなんて考えも及ばなかったのです。勤めていた会社でもデザインを外注に出してはいましたが、だれもが知っているような有名なデザイナーばかり。それが私の持っていたフリーのイメージですから、「とても無理」と思っていました。
まず小さなグラフィックデザインの会社に転職して、2年間印刷物、とくにチラシをやりました。ここでしっかりチラシの勉強をしました。
そのあと実家に戻り、結婚までのつなぎに、基盤のデータとソフトウエアを作っていた地元・川越のソフト会社のWeb部門でアルバイトしました。独学でホームページ制作ソフトは使えるようになっていたので、もっとWebの経験を積みたかったのです。その会社はアルバイトの募集はしていませんでしたが、自分で作ったホームページのサンプルを持って売り込みに行き、採用されました。実家から自転車で5分と通勤にはとても便利でした。

 

- 三鷹に移られたのは、いつごろのことですか。


本間 結婚を期に、三鷹に引っ越してきたのが2003年12月のことです。しばらくは専業主婦でした。私はカフェと雑貨が好きで、隣の吉祥寺があこがれの街だったので、最初の1年は毎日のように吉祥寺に買い物に出かけていました。





プロフィール

本間千寿子さん 
[ ブルー グラフィックデザイン代表 ]


女子美術大学産業デザイン科卒業後、渋谷のパッケージ会社に入社。商品開発部、営業部、グラフィックデザイン部門勤務の8年間に、アパレル・百貨店・化粧品メーカー・食品メーカーのパッケージデザインや販促の経験を積む。退社後は、デザイン会社で印刷物制作を2年、ソフト会社でWeb制作を1年。5年前からフリーで仕事を開始。現在に至る。

(取材:萩谷)