SOHO社長の体験記

次々と手がけた地域のミニコミ誌 

 

- 川井さんは、本業である印刷業の枠を超えて、地域の市民活動でも広くご活躍ですね。


川井
私は地域のことを知るのも新聞を作るのも大好きで、若い頃から地域の市民活動を通していくつもミニコミ誌を作ってきたんですよ。

- どんなミニコミ誌ですか?


川井
最初につくったのは、1974年6月に創刊した『またんぴ』で、三鷹青年団体連絡協議会の会報紙です。仲間たちと「道に落ちているのを偶然見つけた人が、拾って読みたくなる新聞にしよう」と考えて、イラストを入れたり、見出しを面白くしたり……まさに手作り感あふれる「かわら版」でした。

- それから?


川井
次は1979年11月に創刊準備号を発行した『みたかきいたか』です。地域の人、場所、お店などを取材して紹介する情報誌で、市内のお店や施設に置いてもらいました。これは7年半続きましたが、その後、三鷹市役所の若手勉強会のメンバーと市民が一緒に『三鷹市民ネットワーク』も立ち上げ、三鷹の農業についての勉強会とか、駅前文化を考える講座、市議選や市長選の候補者も招いて『ワイワイトーク』なるものを開催したりもしたんですよ。

- 媒体づくりがリアルなコミュニケーションの場づくりにつながったんですね。


川井
駅前文化を考える講座は、やがて『市民観光ガイド養成講座』に発展し、現在の『みたか都市観光協会』の設立につながっているんですよ。

- それはすごい! 媒体づくりが地域のネットワークとして広がって、成長してきたのですね。他にもありますか?


川井
1996年創刊の『ラ・チッタ』があります。市民の有志を募って『みたか編集横丁』という制作チームを作り、「三鷹に住む人のためのまちづくり新聞」というコンセプトで、いろいろな人や場所などを紹介しました。

- 『(株)まちづくり三鷹』が発行して、新聞の折り込みで市内全域に配布されていた新聞ですね。


川井
はい。『(株)まちづくり三鷹』が『まちづくり公社』だった時代に始まって、制作メンバーが入れ替わりながら2010年まで続きました。私は2006年頃から直接は編集にタッチせず、距離を置いて応援していました。

 
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プロフィール

川井信良さん 
[ 株式会社 文伸/NPO法人むさしのみたか市民テレビ局理事 ]

川井信良さん 来年2012年に創業50周年を迎える株式会社文伸の代表取締役社長。三鷹を拠点に、広報誌・パンフレットなどの印刷物、地域の出版物、web制作事業を展開。NPO法人むさしのみたか市民テレビ局理事、NPO法人みたか都市観光協会理事、三鷹商工会広報・情報化委員会委員長なども務める。

(取材・安田)