SOHO社長の体験記

最初の職場で特殊レンズの設計ノウハウを身につける 

筋金入りの天文好きだけあって、事務所の壁にはさりげなく「世界天文年」のポスターが。
 

- “レンズ一筋40年”ということですが、この道に入られたのは、天体観測が好きだったからとお聞きしています。


永田
本当は天文学者になりたかったのです。でも私が若いころは非常に狭き門でした。挑戦はしたのですが挫折し、その隣にあったレンズの世界に進みました。  最初は京都にある大日本スクリーンという会社に就職しました。ここに13年いて、レンズの設計を身につけたわけです。この会社は製版機材と半導体の製作および検査用の機械を作っていて、どちらも光を使って加工や検査を行うために特殊なレンズを必要とします。

- 永田さんは社内でそういったレンズを作っていたのですか?


永田
入社したころは、光学メーカーに依頼してレンズを入手することが多かったのですが、私の上司がレンズを社内で製作すべきだと上層部に働きかけ、ニコンで優れたレンズをたくさん設計して定年退職されていた著名な方を口説いて顧問に招きました。私を含む若手5~6人のチームが、その人についてレンズ設計を勉強しました。

- そのときのご経験が、今の永田さんにとって大きな基盤になっているのですね。


永田
そうですね。それまでも上司と勉強会はしていたのですが、設計となると独学では難しく、経験者に具体的に指導してもらう必要があったのです。 そのまま定年まで勤めるつもりだったのですが離婚し、「一人なら会社勤めを続けることもない。もう一度やり直そう」と考えました。

 
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プロフィール

永田信一さん 
[ 株式会社レンズ屋 代表取締役社長 ]

永田信一さん 天文が好きだったことからレンズ設計の道に進む。名古屋大学理学部物理学科卒業後、大日本スクリーン(京都)に入社する。ここでレンズ設計の腕を磨き、独立を前提に東京の目白プロビジョンに転職。1997年に三鷹の自宅で起業した後、1998年にSOHOパイロットオフィスに入居。現在は、三鷹産業プラザに事務所を構える。

(取材:萩谷)