SOHO社長の体験記

独立を目指して小さな会社で経営全般を修行 

作動距離50cmの顕微鏡「超長作動距離ビデオマイクロスコープ」。レンズ屋の設計した特殊レンズの一つです。
 

- 最初の職場を退職されたあとに、東京に移られたのですね。


永田
目白に知り合いがいて、従業員6人くらいの小さな会社を経営していたのです。その人に相談したら、「先々独立してもいいし、ずっと目白にいてもいい」と言ってくださいました。独立を前提にその会社に入れてもらったかたちです。 そこではそれまでと同じようなレンズ設計の仕事をしながら、小さな会社で社長がやらなければいけない仕事や経理の仕事、営業の仕事を間近に見て勉強させてもらいました。そして、自分でもやっていけそうだと、2年後に独立しました。

- 永田さんが三鷹に住むようになられたのは、どういったきっかけですか? 目白は決して遠くはないにせよ、三鷹からアクセスがよいわけでもないですが。


永田
最初は板橋区の成増のアパートに住んでいました。そのときに高校の先輩が三鷹に住んでいて、たまたま家族でインドネシアに赴任することになったのです。「成増のアパートと同じ家賃でいいから、三鷹の留守宅に住んでくれないか」といわれて、三鷹に引っ越しました。そこで1997年に独立して仕事を始めたわけです。

- それはまた、面白いご縁ですね。


永田
たまたま読んだ「広報みたか」に、SOHOパイロットオフィスの入居者募集が載っていました。応募し、幸い入居できることになったのです。それが1998年の12月でした。





プロフィール

永田信一さん 
[ 株式会社レンズ屋 代表取締役社長 ]

永田信一さん 天文が好きだったことからレンズ設計の道に進む。名古屋大学理学部物理学科卒業後、大日本スクリーン(京都)に入社する。ここでレンズ設計の腕を磨き、独立を前提に東京の目白プロビジョンに転職。1997年に三鷹の自宅で起業した後、1998年にSOHOパイロットオフィスに入居。現在は、三鷹産業プラザに事務所を構える。

(取材:萩谷)