SOHO社長の体験記

三鷹市職員に広がっていた自主研究ブーム 

- 1998年12月に初のSOHOパイロットオフィスができて、はや12年。「SOHOの三鷹」のイメージも定着してきた観がありますが、宇山さんご自身はいつ頃から関わってらしたのですか?


宇山 1996年に(株)まちづくり三鷹が発足し、市役所から出向してきてからです。この年に「三鷹市基本構想」ができ、「情報都市づくり」をテーマとする調査研究もスタートしました。


- それまで市役所でもまちづくり関連のご担当だったのですか?


宇山 いや、私は1979年に三鷹市に就職してからスポーツ課や健康管理課の所属でした。ただ、三鷹市役所では所属分野にこだわらない自主研究活動が活発だったので、まちづくりの課題について勉強したり議論したりは日頃からしていました。


- 「自主研究活動」というのは?


宇山 1988年に朝日新聞が募集した「私のTOKYO改革論」というテーマの懸賞論文で、河村孝・現副市長を含む市の職員4人の「超都市問題研究会」の論文が最優秀賞を受賞したのです。朝日新聞のトップページで報道された画期的な出来事で、多くの職員が刺激されていろんなテーマの研究会が20くらい立ち上がったんです。


 
<1P>




プロフィール

宇山正幸さん 
[ まちづくり三鷹 経営事業部 シニアマネージャー ]

(株)まちづくり三鷹 経営事業部 シニアマネージャー/1979年三鷹市役所に就職。1996年(株)まちづくり三鷹に出向。「SOHO CITYみたか」推進の立役者のひとりとして、現在もSOHO事業支援やコミュニティビジネスの起業支援に携わる。


(取材・文:安田)