SOHO社長の体験記

3・11と原発事故の衝撃が それまでの生き方を考える契機に 

東京のスギ・ヒノキをふんだんに使ったオフィス兼ショールーム
 

- まず、どういう経緯で合同会社++を立ち上げることになったのかについてお聞きします。


安田   私は長年、フリーの編集者・ライターとして、地域の本や企業の環境報告書等を手がけてきました。以前二子玉川に住んでいた頃には、同世代の女性たちと地元の新聞を作る市民活動をしていたこともあります。なので環境問題や社会に対して、できることはやってきたつもりだったのです。でも、3・11で福島第一原発の事故があって、それまでのような情報発信だけでは足りていないのではないかと考えるようになりました。
  その頃ちょうど、静岡県富士宮市の「きらめ樹」*1で皮むきや間伐を体験し、人工林に十分人手が入れられずに荒れている問題を知ったのです。森林は水もエネルギーも生み出してくれます。森林に関連する何かができないだろうか、そういえば身近な東京の森はどうなっているのだろうと考えていた折に、ちょうど工務店のパンフレットの取材で都内の森に行くという知り合いに同行したのがきっかけで、東京のスギ・ヒノキの木製品ブランド「SMALL WOOD TOKYO*を2012年6月に立ち上げることになりました。そのとき同行した二人とは、社会の課題を解決するためのワークショップを主催するようになり、どうせなら会社にしようということになったのです。それが創立時のメンバーの小田原澪さんと小倉ヒラクさんで、2012年12月に合同会社++を設立しました。

*1 きらめ樹:静岡の「NPO法人 森の蘇り」が行っている活動。皮をむいて立ち枯れさせてから間伐していく手法で人工林を整備し、日本の森を再生していくことを目指している。
 
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プロフィール

安田知代さん 
[ 合同会社++(たすたす) 木係(きががり)社員 ]

北海道生まれ。長く首都圏に住み、渡仏経験もある。フリーの編集者・ライターとして、企業の環境報告書・ CSR報告書、「井の頭公園まるごとガイドブック」、「懐かしの吉祥寺 昭和29・40年」(写真集)、「みたか再発見の旅」など地域の本の編集・執筆を手がけた後、「SMALL WOOD TOKYO」を立ちあげ、2012年に合同会社++を設立。仕事を通し、生態系と調和した社会の実現を目指している。

(取材:萩谷)