SOHO社長の体験記

組織内でマネジャを目指すよりも 自分で手を動かし続けたかった 

こんなところにも大野さんのイラストが。羽田にあるJAL整備工場・展示コーナ。
 

- インターネットプロバイダではどのようなお仕事をされていたのでしょうか。


大野    社内で販促物の制作を担当していました。インターネットの普及と会員獲得のために、さまざまな販促用印刷物が必要になります。ADSLや光ファイバーをユーザーに説明する資料などを作っていました。

- どのようなきっかけで独立起業を考えるようになったのですか?


大野    どうしてもそれなりの年齢になると、会社からはデザイン制作ではなくプロジェクト進行やマネジメントを求められるようになります。私も会社でそのような立場になってきました。でも自分で手を動かしてデザインすることを続けたかった。それをやっていこうとするなら、「普通の会社では難しいのでは。独立するのがベストではないだろうか」と考えるようになったのです。独立しようかと考えて、うちの奥さんに相談し始めたのは2005年の5月頃です。

- 奥様の反応は?


大野    反対されました。ちょうど子どもができたところだったですし、不安だっただろうと思います。正直なところ、自分でもまだ迷いがありました。
そんなとき、三鷹駅のチラシのラックでSOHOプラザA*の募集チラシを見たのです。「独立を考える人のために、こんな施設があるのか」と思いました。そのおかげで、自分が独立してやっていく姿をイメージできたのが大きかったですね。





プロフィール

大野文彰さん 
[ 株式会社 大野デザイン事務所 代表取締役 ]

千葉工業大学で工業デザインを専攻。貝印株式会社のデザイン室に所属し、キッチン用品のデザインの他、パッケージやパンフレットを手がける。グラフィックデザインを中心に仕事をしたいと不動産広告がメインのデザイン会社に転職。次に、ニフティ株式会社にて販促用印刷物の制作に携わる。2006年3月に独立起業し、現在に至る。

(取材:萩谷)