SOHO社長の体験記

過疎化が進む故郷の状況から 観光やまちづくりに興味を持つ 

上垣さんの実家周辺。この風景が現在の仕事の原点にある。
 

- もともと建築に興味がおありだったのでしょうか?


上垣    僕は兵庫県養父市大屋町(旧養父郡大屋町)で生まれました。錫鉱山があったのですが、僕が小学生の時に閉山し、1万人だった町の人口が5千人まで減ってさびれていく状況を見て育ちました。ちょうど「村おこし」とか「まちづくり」という言葉が出てきたころです。高校のころはものづくりが好きで、椅子のデザインがしたかったので、構造や材料についてもっと知りたいと建築学を学ぶことにしました。
   大学2年生の時に元ラックに勤め東工大の助手をしていた安島先生が助教授としてやってきて、都市計画の講座を担当することになり、僕はそのゼミに入って、「リゾート地の形成史」という卒論を書きました。自分の故郷の状況と「まちづくり」がつながるのではないかと考えたのです。

- なるほど。そこからラックへの就職と、地域計画コンサルティングというお仕事につながっていくのですね。


上垣    そうですね。ラックで仕事をしているうちに、そこからいろいろな地域や人との関わりができてきました。たとえば、8年くらい前に東京都の事業で秋川渓谷の観光振興についてアドバイスするということで、僕はたまたまあきる野市の担当になりました。そこで観光のことを聞いているうちに、あきる野市に拠点のある有限会社健康自然工房という会社で養蜂をやっている人の話を聞いたのです。





プロフィール

上垣智弘さん 
[ 地域計画工房コイル:コンサルタント ]

大学・大学院で建築学を専攻し、卒業後は観光分野の老舗コンサルティング会社である株式会社ラック計画研究所に所属。地域計画コンサルタントとして多くの経験を積み、ボランティア活動でも人脈を広げた。写真撮影、料理、消しゴムはんこと多彩な腕前を持つ。ラックとはLAC:L(landscape)、A(Architecture)、C(Civil Engineering)の意。同社が一昨年解散し、今年は新会社を立ち上げようと始動中。

(取材:萩谷)