SOHO社長の体験記

初めてのエステ体験に失望し 自分でやってみようと猛勉強 

兵庫県西宮市に最初にオープンしたサロン。70平米の広さで、事務所も併設していた。
 

- 山下さんはエスティシャンとして20年以上やってこられたそうですが、まずエスティシャンになられた理由から伺えますか。


山下    結婚前はOLとしてお勤めしていました。初めてエステに行ったのは子供がまだ幼い時期でした。離婚話が持ち上がり離婚まで6年間かかり、心も表情までも傷んでいると感じてエステに行きました。でも、期待したものではありませんでした。納得するような説明もなく「着替えて下さい」と促されて施術を受けたのち、肌の状態をモニタで見せられ「将来たいへんなことになる」という結果説明で、ローンのいろいろなコースや化粧品を勧められるだけ。何か買わないと終われない状態で、仕方なく化粧品を一本だけ買いました。ほぼ30年くらい前で、1万5千円でした。
  「これがエステなのか?」と不信感でいっぱいになりました、「こんなの絶対違う、それなら自分でやるしかない」と、離婚を控えた辛い時期と並行して猛勉強をしました。今振り返るとよくやったなと思います。

- どこかのサロンにお勤めになったわけではなかったのですね。


山下   「エステサロンとは」という刷り込みをされるのが嫌で、既存のサロンには勤めず、取れるだけの資格を取って、美に関する角度を変えた勉強も加えサロンを始めました。最初のお店を開いたのは兵庫県西宮市です。現在の「印象エステ」につながる技術は京都に拠点を移してから育んでいきました。参考にするものもなくスタートしたのですが、自分で「こうありたい」という理想の形を実現したサロンになりました。
   離婚後は生活のためにどこかに勤めた方が本当は堅実だったのでしょうが、まだ次男が小さくて就学前でした。「学校から帰ってきた時に家にいてあげたい。時間のやりくりが自由にできる仕事を」と自分で起業することにしたのです。皮肉にも離婚がサロンへの就職ではなく起業するきっかけにもなりました。

 
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プロフィール

山下和子さん 
[ ビューティラボ・プラチナスペース主宰 ライフビューティシャン ]

エステに関して海外の技術を含む主要な資格を取得し、1990年に兵庫県西宮市に最初のサロンをオープン。後に拠点を京都に移し遠隔地への出張エステも含め、独自性を目指すエスティシャンとして活躍しながら、美容関連資格や特許の取得を行う。家族と同居のため住まいを関西から関東に移し、落ち着いた雰囲気が気に入って現在は三鷹に。2016年にビューティラボ・プラチナスペース(印象エステ)で新たに起業を果たす。
http://platinumspace.jimdo.com/

(取材:萩谷)