SOHO社長の体験記

親元から自立するためいったん就職 友達の紹介でマンガ家のアシスタントに 

SOHOプラザAのブースに置かれたトレス台と製図インク。アナログ作画のペン入れ時に主に使用する。
 

- 大学を卒業後、すぐマンガ家になられたのですか?


由利    いえ、卒業後は全国展開の大手予備校に就職して、校舎運営の仕事をしました。実家が都内なので、まずは親元から離れて一人暮らしをして自立しよう思ったのです。そのためにはまず、安定したところに就職したほうがいいだろうと。
  専門学校時代の友だちから「マンガ家のアシスタントをやらないか」と声がかかったので、1年ほど勤めて退職。そのままアシスタントの仕事をして生計を立てながらながらマンガを描きました。そのうちに自分の仕事も増えてきて、結婚もし、子供も生まれて現在に至ります。

- アシスタントとして、マンガ家の先生の仕事場に通っていたのですか。


由利    はい、そうです。その間、先生にいろいろマンガの描き方について教えていただきましたし、アシスタント仲間の力量に刺激を受けたり、楽しかったですね。
  たとえばミュージシャンを目指される方は、何か他に仕事をして音楽活動をされている場合が多いかと思いますが、マンガ家の場合はアシスタントだけでも食べていけますので、マンガだけ描いている方が多い気がします。アシスタント専業でも生涯を過ごせるほど、年収の高い方もいらっしゃいますよ。

- でも由利さんは、ご自分のマンガを描きたかったわけですね。


由利    そうですね。アシスタント専業で一生を過ごせるほど、画力が高いというわけではないという自覚がありましたから。自分の持てる領分で「何が出来るのか」ということを考えたときに、それが一番、近道な気がしました。





プロフィール

由利貴子さん 
[ なが山制作工房naonnaon主宰 ]

東京・小金井市生まれで東大和市育ち。国分寺市在住。幼少期からマンガ家を志す。大学生のとき浜田ブリトニー氏などを輩出した「日本マンガ塾」で学び、雑誌に投稿しながらマンガのスキルを磨く。大学卒業後、大手予備校の社員として就職する。一年間勤めた後、友人の紹介でマンガ家のアシスタントに。自分の仕事としては主に企業の依頼によるビジネス系のマンガを手がけ、独立し現在に至る。既婚で、子ども2人の育児に奮闘中。2017年4月にSOHOプラザAに入居。

(取材:萩谷)