SOHO社長の体験記

中国語を学ぶ大学院生が、 台湾企業の東京事務所立ち上げに 

たかぎさんは三鷹市在住。文教堂書店三鷹駅店のサイン会で著書とともに。

- まず、起業されるまでのご職歴について伺います。


たかぎ   私は大学で中国語を専攻し、大学院で学んでいたのですが、「台湾のスピーカーメーカーが日本事務所の立ち上げ要員を探しているから、面接に行く」という知人にたまたまついて行ったのです。そうしたら「あなたは顔相が良い」と、私が採用されました。業務委託契約で雇われる形で、大学院に通いながら仕事を始めたのですが、一人でなんでもやらなければいけません。とても両立できず、大学院はやめてしまいました。
  事務所を借りるのに保証人はどうするか、オフィス家具やファックスなどの事務機器はどこで買えばいいのか、社会人経験がないので何もわからずに試行錯誤しました。今考えるとずいぶんピントの外れたこともしていたと思います。

- 社会人として最初の仕事が、一人で日本事務所の立ち上げをすることだったというのはすごいです。


たかぎ   その時にずいぶん鍛えられました。それに比べたら現在は経理も社会保険もすべて外部にお任せできますから楽なものです。
  事務所を立ち上げた後は、中国工場と日本のお客さんをつなぐ営業兼通訳が私の仕事だったのですが、スピーカーに関しては全くの素人。中国語よりもスピーカーに関する日本語の技術用語の意味がわからなくて苦労しました。技術用語がまるで宇宙語のように聞こえました。ちなみに日本事務所の技術系社員が今の夫です。
  ところが、その会社が3年で日本からの撤退することになったのです。「こんなに早く撤退を決めるのか」と驚きました。

 
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プロフィール

たかぎりょうこさん 
[ 東京高木良子事務所代表、(社)日本トータルビジュアルブランディング協会 理事長 コミックエッセイ作家 中国語通翻訳者 ]

大学で中国語を学び、北京に留学。大学院在学中に台湾系スピーカーメーカーに入社し、東京事務所を一人で立ち上げる。同社が撤退したのちは日本企業の中国部門、IT系ベンチャー企業などで働く。2005年に家を建てると同時に独立。中国語の通訳・翻訳者として活動しつつ文筆業・イラストなどの仕事を始め、興味の赴くままに活動領域を広げている。現在は、執筆と講演活動が中心。パーソナルブランディングや就活アドバイザーも行っている。
 http://www.takagiryoko.com/

(取材:萩谷)