SOHO社長の体験記

会社員時代の人脈を生かした 暖簾借り営業で後進も育てる 

パイロットオフィス開設当時のパンフレットより。指差している場所が永井さんのブース。

- これまで事業を進める上で、困難に直面したり壁に突き当たってしまったことなどはありましたか? またそれをどのように乗り越えられたのでしょうか。


永井   希望退職して起業した最初の年は売り込みに不安がありました。一から自分でやるのはたいへんだから、どこかの暖簾を借りてやろうと考えたのです。そこで最初に映像系が得意なM社と顧問契約を結びました。その会社の役員の息子さんが、大学病院の放射線科の有名なドクターだったご縁です。最初は儲かるかどうかわからないので、売り上げの何%かを顧問料として受け取る、その売り上げからは自分の使った経費を引くという契約を結びました。出かけていっても売り上げが立たない時もありますから。

- 明朗会計ですね。


永井   だからお互い安心して仕事ができたわけです。私の下に何人か社員をつけてもらって育てながら、その給料分くらいの利益は十分上げることができました。
  そのあと、以前に受けた取材でもお話ししたように*3 M社のメディカル事業部廃止ということになり、医療画像のソフトを作っていたスリーゼットという会社の顧問になりました。

- その時に永井さんが「医療画像をやっていれば絶対食べていける」とおっしゃって、永井さんの部下全員が会社を辞めてこの業界に留まったというお話でした。


永井   当時のM社としては優秀な社員を他の部署に回すつもりだったでしょうから、当てが外れたことになりますね。





プロフィール

永井実重さん 
[ メディカルシステム・ナガイ代表 ]

ティアック、センチュリーメディカル、ミネベア、ティアックと医療分野の会社で転職をしながら経験を積む。1994 年ティアックを55 歳で早期退職。八王子の自宅で医療分野の画像をデジタルファイリングするシステム構築のためのコンサルタント業を起業し、1998年12 月*SOHOパイロットオフィスの開設時に入居。20年間のパイロットオフィス生活に区切りをつけ、2018年11月末日に退去された。

(取材:萩谷)