SOHO社長の体験記

業界内での評判を確立し、パイロットオフィスに事務所を 




-
その会社には社員として勤めたのではないのですか。



永井
いいえ。M社は将来的に医用画像ファイリングを一つの柱にしようと考え、私は自分の会社を作る足がかりにしたかったのです。
私とM社の社員、合わせて6人で新規性の高い商品を作り出し、それらが当たって「業績を伸ばしているM社に永井あり」と知名度も上がりました。私も1千万くらいの稼ぎはずっとありましたし「これならいけそうだ」と。そのころ、三鷹のSOHOパイロットオフィスの募集があり、自分の事務所を確保したのです。事務所に半分、M社に半分くらいの割合で仕事に行っていましたね。

- そこにまた転機が訪れるのですね。


永井 7年目に、M社が代理店をしていた大手メーカーから来た役員が、社内の評価も高かったのに「メディカルは止めて、社員を他の部署に回す」というのです。私以外の5人はM社の社員でしたから。
私はかねてから「これをやっていれば絶対食べていける。損はしない」と言っていたので、結局全員がこの業界に留まりました。私は取引があったソフト会社のスリーゼットと契約して仕事をすることにしましたし、他のメンバーもみな、いまだに医療関係に従事しています。
それ以降、私はほとんどパイロットオフィスで仕事するようになりました。そして10年以上経った今もなお続いているわけです。





プロフィール

永井実重さん 
[ メディカルシステム・ナガイ代表 ]


永井実重さん メディカルシステム・ナガイ代表/医療分野の医用画像をデジタルファイリングするシステム構築のためのコンサルタント業務を行っている。ティアック、センチュリーメディカル、ミネベア、ティアックと医療分野の会社で転職をしながら経験を積む。1994 年ティアックを55 歳で早期退職し八王子の自宅で起業。1998年12 月SOHOパイロットオフィスの開設時に入居し、現在に至る。

(取材:萩谷)