SOHO社長の体験記

スカウトされたのは、黒字男だったから 




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前田さんが、三鷹のSOHO支援に携わるようになったきっかけは?



前田
私はお金の苦労をしたことがないのですよ(笑)。会社を黒字で経営したり、赤字会社を黒字に立て直したり、いつも黒字。そんなことをしていたので、「ちょっと顔を貸してくれないか」と当時の三鷹市の市長と助役に頼まれたのです。1998年7月頃のことでした。

- いつも、黒字男ですか!?


前田 昔からいつもね(笑)。高校で同人誌を作ったときも、大学のピンポン部や学園祭実行委員会でも会計を担当して黒字。NTTに入社してからは、僻地の赤字の独身寮と広島市内の独身寮の二つの独身寮を黒字にして、それからもいろいろな事業を黒字にして、1993年には米国のEDS社が買い取った赤字のソフト会社で私が社長になったら、99%つぶれるという予測に反して黒字になっちゃった(笑)。

- すごい! コツを知ってらっしゃるのですね。


前田 簡単ですよ。入るお金があって、出るお金がある。出るお金よりも入るお金が多ければ黒字になる。ね?(笑)

- はい、とても簡単みたいです、できるかどうかは別として(笑)。でも、なぜ三鷹市にスカウトされたのですか?


前田 1984年から「ISN(Information Network System)実験」が行われました。NTTが三鷹のデータビルにデジタル交換機を置き、市内に光ファイバーを引いて、市民と市役所などの関連施設で3年間の試用実験を無料で行ったのです。そのために「21世紀の通信を考える研究会」が発足し、研究者はもちろん、関連企業からも委員が集められたのです。私は当時勤めていた日本無線から委員になりました。そんな経緯もあって、三鷹市とは長年の付き合いがあったのです。

 
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プロフィール

前田隆正さん 
[ SOHO CITYみたか推進協議会会長・コミュニティビジネスサロン スーパーバイザー ]


前田隆正さん SOHO CITYみたか推進協議会会長・コミュニティビジネスサロン スーパーバイザー/日本電信電話公社(NTT)、日本無線、INSエンジニアリングなどを経て、1998年から「SOHO CITYみたか」の運営に携わる。
2003年から「SOHOベンチャーカレッジ」、2010年から「みたか身の丈起業塾」(内閣府助成事業)で塾長を兼任。

(取材:安田)