SOHO社長の体験記

退屈な名誉職に飽き足らなくなる 

横河電機本館8階(現在杉山さんのオフィスがある階)から見た、第4工場屋上。端に太陽光パネルがある。
 

- 「これなら大丈夫」とGE側に納得させたのでしょう。


杉山
私も運がよい男で、その後YMSは業界第2位に成長しました。我々の製品は品質がよく不良率も非常に低かったので海外でも評判になり、2年目には国内よりも輸出のほうが増えたくらいです。
「社員の心が一つにまとまれば」と、社内報に「今月の言葉」というエッセーを連載したのがその頃です。後に一冊の本*1になりました。
社長を6年やって会長になったのですが、「サラリーマンのトップというのはこんなもんか」と(笑)。お飾りみたいな役割が多くて「これならお辞儀のできるロボットを一つ作っておけばいいじゃないか」と思いました。名誉職というものがすっかり嫌になり、何か自分でやろうじゃないかという気持ちになってきました。

 

- そのあたりからSOHOへつながるのでしょうか。


杉山 実は営業の不注意からコンペティターに訴えられて新聞沙汰になったのです。営業を指導していたGEの方が日本の公立と私立への対応に疎かったのがまずかったのです。責任をとり、会長を辞すことにしました。91年秋のことです。横河へ戻りましたが、ますます何かやりたくなってきたのです。
ちょうどSOHO的な発想が出てきた頃で、横河をすでにリタイアしていた井深丹さんが、八王子でTAMA-TLOというグループを作っていました。「やってみないか」と井深さんから誘われたのです。





プロフィール

杉山 卓さん 
[ 杉山卓事務所代表 横河電機株式会社社友 ]


武蔵野市在住。横河電機で主に精密電機計測機器の開発に従事。専務取締役だった1982年に、横河メディカルシステム(株)の社長に転出。退任後、横河電機社友となったのを機に杉山卓事務所を立ち上げた。特に環境関連、太陽電池システムをメインとした技術コンサルティング、起業を目指す人のための技術評価や各種相談、科学技術関連の著作など多方面で活躍中。熱烈なタイガーズファンでもある。

(取材:萩谷)